み言葉を真剣に聞く
この預言のことばを朗読する者と、それを聞いて、そこに書かれていることを心に留める人々は幸いである。時が近づいているからである。
黙示禄1:3
くぬよげんぬくとぅば くぃーいじゃち ゆむちゅぬちゃーとぅ うりちち うまんかい かかちょーるくとぅ くくるとぅどぅみーるちゅぬちゃーや
しぇーうぇーやん。とぅちが ちかじとーぐとぅどうやん。 (同 琉球語訳)
平和を祈る
あなたがたはイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、いまは見てはいないけれども信じており、ことばに尽くすことのできない、栄に満ちた喜びにおどっている。
Though you have not seen Him,you love Him,and though you do not see Him now,but you believe in Him,you greatly rejoyce with joy inexpressible and full of glory.1ペテロ1:8,9
6月23日は慰霊の日で、沖縄は特別の日です。その日はこの国に2度と戦争が起こらないよう祈る日です。私は毎年、この月は沖縄戦に関する本を読み、沖縄戦の戦争記念公園がある糸満市の摩文仁に行って祈るようにしています。
私の祖父上原カナーと祖母カマドとおばの玉那覇ハル子は、米軍が上陸した月に日本軍について南に避難しました。ところが爆撃が強いので思い直し、昼は墓に隠れ、夜は遺体を見ながら北部に逃げ、捕虜になり生きのびました。この体験から軍隊があると攻撃され、基地が危険であるというのが私たち先輩の証言です。今日も基地で平和を守るという考えがありますが、そうではないようです。
終戦直後、私たちの先輩たちは必死になって食物、住む所を捜し、生活の安定のために頑張りました。そのころクリスチャンが集まって撮った記念写真を見たことがあります。彼らは、輝いていました。喜びに満ちていました。信仰による喜びです。信仰により心の中に小さな天国ができるのです。お互いが助け合い戦争のない
平和の社会が続くように祈ります。
また主の救いの喜びが、私たちの同胞にあるように祈ります。
多くの実を結ぶ
また、別の種は良い地に落ち、生え出て、百倍の実を結んだ。
ルカ8:8
イエス様が語られた種まきのたとえです。種は神のことばで種が落ちたところはみ言葉を受け取る人のことです。
みことばを聞いても、ある人は道端、ある人は石地、ある人はいばら、ある人は良い地と大きな違いがあります。良い地以外の人はみな、実を結ばなかったのです。
種は実を結ぶ事が大切です。少し大きくなっても実を結ばなかったら何にもならないのです。実を結ぶ為にはみことばを聞いてそれを悟る人のことです。
最高の神の言葉が人に届けられても、実を結ばないのは残念です。良い地に落ちた種だけが実を結びました。良い地とはみことばを聞いて悟る人の事です。悟るとは頭で解るというのではなく。神の言葉にアーメンと心から受け入れることです。神様そうですと心から応答することです。その人の生活にみことばによる変化が起こります。これが実を結ぶことです。
毎日聖書のみ言葉を聞きましょう。み言葉が語られる礼拝や祈祷会には、出席しましょう。今の世の祝福と来世の祝福があります。神の言葉をとうして、心が変えられます。あなたも変われます。
外面の変化も必要ですが、心が思いが変えられることがもっと重要なことです。そうすると、家庭が変わり、教会が変わり、社会が変わるのです。神のみ言葉の種にはこの世と次の世の祝福が満載しています。
And other seed fell into the good soil,and grew up,and produced a crop a hundred times as great . Luke8:8
ひとりを大切に
日が暮れると、いろいろの病気で弱っている者をかかえた人たちが
みな、その病人をみもとに連れて来た。イエスは、ひとりひとりに手を置いて、いやされた。 ルカ4:40
イエス様はひとりひとりに手をおいて関わられました。ここに、イエス様の愛情をみることができます。イエス様は今日においてもひとりの人に深い関心を払われておられます。
イエス様はご自分のもとに来る病気で弱っている者、悪霊に縛られて、家族からも人からも相手にされない人を受け入れ、彼らひとりびとりを癒され、彼らの苦痛を取り除いて下さいました。これは愛の現れです。愛は人の必要に敏感になることです。自分の事を後回しにして彼らの事を顧みることです。
牧師の祝祷のルーツは手を置くことからきました。初期の教会は、牧師がひとりびとりに手をおいて祈りました。やがてキリスト教会は大きくなっていき、人々が教会に押し寄せる時代がきました。それで、ひとりびとりに手をおいて祝福することができなくなり、祝福の祈りすなわち祝祷をするようになったのです。ひとりにかかわるのは個性尊重の精神です。子供もひとりびとり違います。ひとりびとりその子なりに関わることです。信徒もひとりびとり違います。伝道もひとりびとりを尊重することから始まります。私たちの教会もひとりを大切にする教会となりたいものです。人生成功の秘訣もひとりを大切にすることです。(2016年8月28日礼拝メッセージより)
夢と幻を与える
神は言われる。終わりの日に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると
あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。
聖書 使徒の働き2:17
人間は夢を抱く存在です。夢を抱くと生きがいを持ちます。夢とは未来のことを、現在あるかのように心に見る事です。ライト兄弟が鳥のように空を飛ぶ夢を見たので飛行機が作られ、エジソンが電球の光で生活する夢を持ったおかげで電気が作られました。砂川正美さんという方の事が先日の琉球新報に掲載されていました。ご自分の4名の子供さんに全国高校野球甲子園大会出場の夢をかなえさせたということです。その秘訣は1、頭に思い描いた夢を文字や絵などの形にする。2、夢が実現した時自分の姿を描く。3、挨拶の達人になる。4、履物をちゃんとそろえる。5、必ず声を出してありがとうと伝え感謝の気持ちを忘れないことです。簡単な事のようですが、夢に向かってコツコツと実践して実現したのです。
75歳の老人アブラハムは神様からカナンの地を与えるという主の明確な夢を与えられ、困難を経験しながらも、その夢を実現しました。
四日市の堀越鴨治牧師先生は創造論博物館を作り日本人の99%の人に、創造主を伝えるという壮大な夢を主から与えられ折ある事に語られていました。今、その夢の建物が建設中です。90歳の老人の夢の実現間近です。
And it shall be in the last days,’God says,”That I will pour forth of My spiriton all mankind;and your sons and your daughters shall prophesy,and your your young men shall see visions.
Acts2:17
福音は聖書の中心メッセージ
キリストは聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また葬られた事、また、聖書の示すとおりに、三日目によみがえられたこと(です) 1コリント15章3節
電力会社は電気を、水道局は水を、スーパーは商品を提供します。教会は
福音を提供します。福音の内容を簡潔に言うとイエス・キリストの死と復活です。私たちを生かすために人の罪と死を背負い身代わりに死んだのがイエス・キリストであり、死んだだけではなく死から復活して、今も生きて働き、人を生かし変え、やがて死から解放して復活のからだを与えて下さるのです。この福音を信じて生かされるのです。 (4月3日)